【新星劇】大導寺劇団 切狂言等の演目の記録
大導寺家紋 丸に揚げ羽蝶
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【新星劇】大導寺劇団 切狂言等の演目の記録
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2004年11月の記録
■2004年11月27日
島田正吾さん死去、新国劇名優98歳大往生 ニュース

劇団「新国劇」の黄金期を築き、現役最高齢の俳優、島田正吾(しまだ・しょうご=本名・服部喜久太郎)さんが26日午前4時45分、心不全のため、東京都目黒区の自宅で亡くなった。98歳だった。大正時代末期から役者人生をスタートし、新国劇の屋台骨として昭和、平成を芝居とともに生きた名優は文字通り大往生を遂げた。  関係者によると、島田さんは一昨年8月に脳梗塞(こうそく)で倒れ、療養中だったが、亡くなる前夜の25日夜も自宅で入浴するなど最後まで意識ははっきりしていた。26日午前3時過ぎ、付き添いの人が様子を見たときは寝息を立てていたが、同5時ごろ、寝室に行ったときは、すでに亡くなっていたという。  遺体の枕元には、脳梗塞で倒れた際、皇后さまからお見舞いとして贈られた一輪草の額が飾られた。26日午後には、島田さんと同じ新国劇出身の俳優で、島田さんを師と仰ぐ緒形拳さん(67)ら関係者が弔問に訪れ、悲しみの対面をしたという。  島田さんは明治38年、横浜市生まれ。大正12年、沢田正二郎さんが創立した新国劇に入団。入団2日目で初舞台を踏むなど頭角を現し、6年後の昭和4年に沢田さんが急死すると後継者となった。「関の弥太っぺ」「国定忠治」「瞼の母」の股旅物が代表作で、故辰巳柳太郎さんとともに新国劇の黄金時代を築いた。  だが、新国劇は演劇人口の変化に追いつけず昭和54年に倒産。島田さんは借金を抱えながらも、一度は劇団を再興したが、後継者難もあり、62年に解散した。その際、島田さんは「時勢に負けました。でも、誇り高く負ければ、意義も価値もあります」と語っていた。その後、ひとり芝居や歌舞伎の舞台、映画やテレビに積極的に出演したが、平成14年5月の舞台が最後になった。  島田さんは「白寿(99歳)まで新国劇の舞台を、100歳で新作を」が口ぐせで、再起をかけ、リハビリに励んでいたという。  故人の遺志により、通夜、告別式は密葬で行われる。

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